こんにちは。九鬼家のダッシュ!!です。


今回から数回は、弟の巧がブログを担当させていただきます。

僕の、これまでの陸上人生を小・中・高・大、そして社会人に分けて話したいと思います。

〜小学生時代〜
僕が、陸上という競技に出会ったのは小学1年生の頃でした。
3歳上の兄が地域のクラブチームに入って陸上競技をやり始め、毎回親と迎えに行った際にフェンスの向こう側で皆んなが練習している姿を観て、自分も兄と同じ事をしたいと考えるようになりました。

小学4年生時に競技を始めるのですが、父親の勧めで兄とは違うチームの紀ノ国アスリートクラブに入部しました。

(紀の国アスリートクラブのHPはこちらをクリック)

電車とバスを使って紀三井寺陸上競技場に行くことがすごく嫌だったんですが、週末の練習を毎回行くうちに友達もできてのめり込んで行きました。
ちなみに、当時はラダートレーニングが好きだったのですが、その理由が先生から上手だと褒められるからで、嬉しくて超張り切ってやっていました笑

実は、小学生時代には陸上をしながら、少年野球もやっていました。
田舎の小学校で周りの友達がやり始めたからと、陸上の練習や試合が土日にしかなかったことから、平日は少年野球、土日は陸上か野球の試合とスポーツをして遊ぶことが多かったです。

小学5・6年生になると試合に出場する機会が増えるようになりました。
近畿大会で優勝したり、日清カップに和歌山県リレー代表として出場したりと全国大会デビューもしました。

ですが、ここからタイムは伸び悩みます。
成長の違いで周りの友達がどんどん速くなっていき、置いていかれる感情を紛らわせるためにリレーや他の事で楽しみを見出していたように思います。
今から振り返ると、小さな挫折みたいなものを味わっていたのかもしれません。
特に、僕は身長が伸びるのが遅くて、スタートラインに並んでも、僕だけが頭一つくらい身長が低かったです。

そんな中、6年生の夏に同級生のスーパー小学生が加入します。
日清カップに走り高跳びの選手として出場していた野球少年を、クラブの先生が勧誘して加入してきました。
(彼はのちに智弁和歌山の主将として甲子園にも出場するくらい優秀な選手になります)

野球で鍛えた筋肉、そして高身長、全てにおいて勝てる気がしませんでした。
そんな彼の加入もあり、リレーでは秋の近畿大会で県記録更新、優勝をすることができました。
更には大阪室内陸上のリレー優勝とみんなで勝つ喜びはすごく楽しかったです。

こんな感じで、小学校を卒業して中学校に進みました。
小学生の時には、全国大会に出場するのが「精一杯」という感じでした。

中学生編へ続く〜〜