2019年03月06日

2019年03月06日

競技の振り返り〜大学生編ver.2〜(巧)

こんにちは。九鬼家のダッシュ!!です。

前回から、大学編に移ってます。まだ前回のをお読みで無い人は、ぜひ!!
http://kukikenodash.blog.jp/archives/78540754.html

関東インカレ後。
6月、学生個人選手権に出場しますが200mでは予選落ち。
100mでは10.52(2011年シーズンベスト)6位で大会を終了します。

7月、同期4人で香港遠征に行かせていただきます。
優勝はしましたが全く走れず前半シーズンが終了しました。

夏合宿を経て日本インカレに向けて調整をしていきます。

熊本県開催となった日本インカレ。

今思うと試合に行く感覚がなくて、行き方やどこに泊まるかさえ確認しないまま、「とりあえず試合になればどうにかなるだろう」と斜に構えていたように思います。

全く力を発揮することができず、私は準決勝敗退でしたが兄が決勝進出をします。

全国大会決勝を走る兄を、親とスタンドから観戦しました。

そして、兄は4位入賞!



悔しさもありましたが、兄のレース姿をスタンドから応援するのがすごく久しぶりだったので、ドキドキしながらどこか懐かしい気持ちになったのを覚えています。

結局私はリレーの1点しか貢献できませんでしたが、
早稲田大学は日本インカレでも総合優勝を果たして、前年の出雲駅伝・全日本学生駅伝・箱根駅伝も含めて5冠を達成しました。

日本インカレ後。
早慶戦や早関戦に出場し、4年ぶりの兄弟リレーを楽しみに山口国体へと向かいます。

ようやく練習で良い感覚になってきたのに自分の不注意で国体中に風邪をひいて、予選落ちで終わります。

その後、日本選手権リレーでは4位入賞でシーズンを終えました。

ボロボロのシーズンを過ごしました。
日本選手権リレーの頃には、「もう今年は試合に出たくない」と初めて思いました。

早稲田大学では11月に2〜3週間の解散期間があります。

今までは2週間も練習をしない期間を作ったことがなかったのですが、、、
ボロボロの状態もあり、陸上から離れることを決意してグランドに行きませんでした。

「九鬼は終わった、高校がピークだった」

と周りから思われてるんじゃないかと考えると悔しくなり、でもどうしたらいいかわからない。

思いつきで、自伝本を読んだり、他大学の学生が練習しているの姿を観に行ったりしていました。

特に解決策は見出せずに冬季練習が始まった頃。
ディーンさんに付き合ってもらって練習後にキャンパスの休憩場で相談に乗ってもらいます。

ロンドン五輪を翌年に控え、父の母国であるイギリスに絶対に行く事を公言していた先輩に「戦える身体を作ること」を言われます。

次の日から藁をもすがる思いで、全体練習後にトレーニング室に移動してディーンさんの体幹トレーニングに参加させてもらいました。

今までやったことのない「体操器具」の平行棒・肋木・吊り輪を使って上半身トレーニングを開始しました。

複数種目、セット数の中で「正確に行う」ことを何度も言われ、
できなくなってくると補助をお願いしながら行っていました。

また、棒高跳びの先輩方にも参加させてもらって、綱登りや棒高跳びの専門的補強などを学ばせていただきます。

大学初の冬季練習は「反発のとれる姿勢・動作」をテーマに、先生が出してくれるメニューをこなしていきます。

特に多かったのは、ショートスプリントとロングスプリントの間にジャンプトレーニングを挟んだメニューや、坂練習でした。

(高校時には学校周辺が住宅街だったため坂がなくて一切行っていませんでした)

この頃から、少しずついい感触を掴んできていて、来シーズンへの期待を持つ一方、
「またダメなんじゃないか?」
と不安に思う気持ちがありました。


続く

九鬼 巧


kuki_seita at 11:40|PermalinkComments(0)